東京地方裁判所 昭和58年(ミ)2号 決定 1985年3月30日
申立人 渡部公也
<ほか四七名>
右申立人ら代理人弁護士 築尾晃治
被申立人 破産者 新日本興産株式会社
右代表者代表取締役 木村敬一
右破産管財人 原田一英
主文
一 本件申立を棄却する。
二 申立費用は申立人らの負担とする。
理由
一 本件申立の趣旨は、「被申立人新日本興産株式会社(以下「会社」という。)につき更生手続を開始する。」との裁判を求めるというにあり、その理由の要旨は、
1 会社は、ゴルフ場の建設経営に関する一切の業務等を目的とし、その資本の額は、金一、六〇〇万円であり、申立人らは、いずれも別紙債権目録「債権額」欄記載の債権を会社に対して有しており、その債権総額は、資本の十分の一以上に当たる四、六五〇万円である。
2 会社は、昭和四八年八月、栃木県栃木市梓町及び同県下都賀郡都賀町にまたがる地域に三六ホールの梓ゴルフ倶楽部ゴルフ場(以下「栃木梓ゴルフ場」という。)を開場し、同じころ神奈川県足柄上郡山北町に東名梓ゴルフ倶楽部ゴルフ場の建設を計画し、その工事に着手したが、工事途中の昭和五一年五月三一日手形不渡りを出し、更に、同年六月三日銀行取引停止処分を受けて支払不能となり、同年一〇月一二日午後三時東京地方裁判所において破産宣告を受け、現在同庁昭和五一年(フ)第一二九号事件として破産手続が係属中である。
3 会社については、破産宣告後の同年一二月二一日、第一回債権者集会において営業継続の決議がされ、以後破産管財人の下、栃木梓ゴルフ場の営業が継続されている。そして、その間、業績は順調に推移し、昭和五七年一月末の決算期には約六、九〇〇万円の、また同五八年一月末の決算期には約二億一、四〇〇万円の経常利益を挙げるに至っている。
4 ところで、会社は、昭和五八年一月三一日現在の貸借対照表によると、約金二八億四、六六一万円の債務超過であるところ、次のような理由で更生の見込がある。すなわち、
(一) 会社は、破産手続進行中、和解等による破産債権の減少、ゴルフ場内の未買収用地の買収等による資産勘定の高価格水準の維持、ゴルフ場としての営業成績の好転等により、財務状況は好転してきたため、現在会社の純資産価値は一〇八億円、負債総額は約八六億ないし九二億円と算定される状況となっている。そして、会社については、今後栃木梓ゴルフ場の営業の継続により毎年最低二億円、場合によっては四億ないし五億円の経常利益を挙げ得るものと推定される。
(二) 他方、会社の債権者は、別除権者がなく、そのほとんどが預託金債権者であるところ、預託金債権については、通常の場合、当該会員がゴルフ場で会員としてプレーを継続する限り、返還請求されないものであり、しかも栃木梓ゴルフ場においてはプレーの継続を希望する債権者が相当数いるのであるから、これらの者の債権について弁済という重圧を顧慮する必要がない。
そして退会を希望する預託金債権者や他の一般債権者に対しては、今後の営業収益金及び残留を希望する債権者からの追加徴収金を弁済源資として確保することが可能であり、このような内容の更生計画の立案は十分考えられるところである。
(三) 更に、会社について更生手続が開始された場合、更生管財人として会社の経営を希望する者が三名現われている。
5 また、債権者や従業員にとって、破産手続によるよりも、更生手続により再建の道を歩む方がその利益に適合するものということができる。
6 よって、会社につき更生手続の開始を求める。
というにある。
二 当裁判所の判断
1 《証拠省略》を総合すると、申立の理由の要旨1ないし3記載の事実及び会社は、昭和五九年一月三一日現在なお二五億八、〇一五万円余の債務超過であり、その後も債務超過の状態を脱したとは考えられないことが一応認められる。
したがって、会社については、会社更生法三〇条の更生手続開始の申立要件が備わっているということができる。
2(一) そこで、本件申立につき会社更生法三八条の更生手続開始の申立の棄却事由があるかどうかについて判断する。
前認定のように会社については昭和五一年一〇月一二日午後三時に破産宣言がされ、現在破産手続が進行中であるから、まず同条四号の「裁判所に破産手続が係属し、その手続によることが債権者の一般の利益に適合するとき」に該るかどうかにつき検討する。
同号は、企業の規模、形態、業種、財産状態、破産手続の進捗状況等に鑑み、いまさら更生手続を開始するよりも、破産手続によるほうが弁済率、弁済期間等の点で債権者に有利になる場合には、むしろ破産手続によらしめることが妥当であるということから設けられた規定であって、ここに債権者の一般の利益とは、特定の債権者ではなく、債権者全体を一つのグループとみた場合、これにとって利益になることであると解される。
(二) ところで、《証拠省略》によると、次の事実を一応認めることができる。
(1) 昭和五九年一月三一日現在の会社の財務状況は、別紙「貸借対照表」記載のとおりであり、結局、会社の資産の主なものは、現金預金約六億三、二〇〇万円余と栃木梓ゴルフ場の施設であって、同ゴルフ場施設は、敷地面積一九八万七、〇二二・八一平方メートル、内大部分の三〇三筆一九五万四、六〇八・五九平方メートルは会社所有地として登記済である。
他方破産債権として確定された債権額は、一般債権八億九、三七二万五、四三八円、預託金債権八五億七、四九三万一、〇四三円(内訳栃木梓ゴルフ場会員五六億五、七六三万七、六九八円、東名梓ゴルフ場会員二二億七万五、一五三円、栃木・東名両会員七億一、六五八万八、一九二円)合計九四億六、八六五万六、四八一円となっているが、右の金額は中間利息が控除されているので、その債権元本としては一般債権九億〇、〇〇五万七、二四一円、預託金債権一〇〇億六、九六四万四、五四一円の合計一〇九億六、九七〇万一、七八二円と考えられ、担保権者は存在しない。
(2) 会社の昭和五六年度ないし昭和五八年度の損益状況は、別紙「損益計算書」記載のとおりであり、ゴルフ場としては極めて高収益であるが、その原因としては、破産手続中であったために同会員の優先利用権を停止し、債権者平等の原則を貫くことが可能となり、その反射的効果としてビジターの来場を促進し、入場者の増加と一人当たりの料金の増加が相まって営業収入の増大に寄与したこと及び施設の維持管理を主たる目的とし、積極的な増収増益の営業政策を敢えてとらなかったために営業費用が圧縮されたこと等が考えられる。
(3) 破産宣告がされて既に約八年が経過し、その間、破産管財人による債権調査はすべて終了し、また、栃木梓ゴルフ場の営業利益と遊休施設となった東名梓ゴルフ場用地の売却代金とによって、担保権者への弁済、滞納公租公課の納付も完了し、更に栃木梓ゴルフ場敷地内の未買収土地の買受、登記手続の遂行等の資産整理も行われた。
その結果、現在、国有地の払下手続、民有地の交換のための測量、市への付替道路の寄付手続等が一部未了のまま残っているものの、直ちに栃木梓ゴルフ場施設全部の売却手続を進めることができる段階に至っており、現に破産管財人原田一英弁護士の下には、二〇社余りの買受申込があり、その売却代金は九〇億ないし九五億円余に達することが見込まれる。また、右売却に要する期間は、約四ヵ月であり、買受希望者のほとんどは、現在の会社の従業員を引続き雇用することを希望し、破産管財人も従業員の継続雇用を売却の条件とすることにより従業員の雇用を確保することを表明している。
(4) 調査委員が実施したアンケート調査の結果は、次のとおりである。
●総発送数九二〇五通(内住所不明で戻ったもの六〇六通)
●回答数四一一〇通
●回答の内訳
(イ)更生手続による会員権の維持を希望し、預託金追加支払に応ずるもの七九五通(約一九・三パーセント)
(ロ)預託金の追加支払には応じられないが、更生手続による弁済には賛成するもの八〇五通(約一九・六パーセント)
(ハ)破産手続による配当を希望するもの二、三九五通(約五八・三パーセント)
(ニ)無記載一一五通(約二・八パーセント)
(5) ところで、当初会社の破産管財人であった井上恵文弁護士は、ゴルフ場の経営について梓ゴルフ倶楽部理事会を利用し、理事会の名前で会員の指導を行ってきたが、会員の有志は、会社が破産宣告を受けた直後頃から梓ゴルフ倶楽部再建協議会を設立して倶楽部再建のための活動を開始した。しかるに、昭和五五年頃栃木梓ゴルフ場の買取問題をめぐって再建協議会が管財人及び理事会の方針に反発したことから、両者間に紛糾、混乱が生じ、昭和五六年三月に至って、理事会側が井上管財人に対し、ゴルフ場処分についての要請を提出したことを契機として再建協議会のメンバーの一部が理事会側に合流し、新たに梓ゴルフ倶楽部統一会員協議会が発足したが、その余の再建協議会のメンバーは、あくまで井上管財人を主体とする買受母体案に反対し、原田一英弁護士の破産管財人就任後、新たな買受母体として株式会社新梓カンツリークラブを設立して、会員よりの出資と買受資金を求める活動を開始し、現在に至っている。
他方統一会員協議会も同様の趣旨で梓の森ゴルフ株式会社を設立して独自の活動を行っており、栃木梓ゴルフ場の買受をめぐる両派の対立には根深いものがある。
また、申立人らのグループは、もとは株式会社新梓カンツリークラブのグループに所属していたが、意見の対立から同グループとたもとを分かち、本件申立の下に結集して現在に至っている。そして、以上の三グループは、いわば三つ巴の状態で拮抗しており、申立人らのグループを除く二派はいずれも本件申立に強く反対している。
(6) 本件申立については、申立人らの推薦等により三名の更生管財人候補者が現われ、それぞれ更生計画案の骨子を提示したが、右計画案のうち、弁済条件と弁済源資に関する部分は、概ね次のとおりである。
(ⅰ) 埼玉県東部ヤクルト販売株式会社代表取締役北田光平の案(以下「北田案」という。)
(イ)会員預託金は三〇〇万円とし、会員数は三、五〇〇名に限定する、(ロ)残留希望会員を二、〇〇〇人と見込み、残留希望会員からは三〇〇万円と既預託金の差額の拠出を受ける、(ハ)退会を希望する会員には八〇パーセントの配当を行う、(ニ)退会希望会員への配当金約七一億一、八〇〇万円と残留会員からの拠出額約四一億四、八〇〇万円との差額金約二九億七、〇〇〇万円については借入れ等により調達する、(ホ)一般債権についても預託金債権と同様七〇ないし八〇パーセントの配当を行うが、この資金は自身の運用可能資金による。
(ⅱ) スポーツ振興株式会社代表取締役木下俊雄の案(以下「木下案」という。)
(イ)会員預託金は三〇〇万円とし、会員数は三、六〇〇名程度とする、(ロ)残留希望会員は会員総数の二〇パーセントないし二五パーセントと予想し、追加預託金の拠出を受ける、(ハ)残留しない債権者には、破産確定債権額に対する最大一〇〇パーセントの配当を行う、(ニ)配当支払時期は更生計画認定決定時に更生債権の五〇パーセント、一年後に二〇パーセント、二年後に一五パーセント、三年後に一五パーセントとする、(ホ)弁済源資は右残留希望会員からの追加預託金及び新規募集会員からの新規預託金によるが、一時的に最大三八億円余りの資金投入が必要となるところ、内一〇億円を自己資金で、残二八億円余りを金融機関からの短期借入れによる。
(ⅲ) 新菱冷熱工業株式会社代表取締役加賀美勝の案(以下「加賀美案」という。)
(イ)会員預託金は三〇〇万円、適正な会員数は三、〇〇〇名と予定する、(ロ)残留希望会員を上限一、〇〇〇名と推定する、(ハ)残留希望会員以外の債権者に対しては、破産確定債権の九〇パーセントを更生計画認可決定後速やかに一括弁済することとし、残留希望会員に対しては、三〇〇万円から前記割合による「弁済を受けられる額」を差し引いた額の追加預託金の拠出を求める、(ニ)一括弁済のための資金は八〇億円ないし八五億円と予測し、新菱冷熱グループで責任をもって準備する、但しその場合八五億円が上限となる、(ホ)弁済源資の回収は、残留希望会員からの追加預託金及び新規募集会員からの預託金等によって行う。
(三) 以上の認定事実の下では、第一に、破産手続をそのまま進行させた場合には、約四ヵ月という極めて短期間に栃木梓ゴルフ場の資産売却がされ、約九〇億ないし九五億円の売却代金のうち手数料、費用、公租公課を除いたものが破産財団に組み込まれ、配当源資とされる結果、現金預金約六億三、二〇〇万円を加えて、確定した破産債権九四億円余についてほぼ一〇〇パーセントに近い配当をすることが可能であると見込まれるのに対し、仮に破産手続に代え、更生手続を開始するとすれば、両者は全く別個の手続であるから、新たに更生管財人において財産評定、債権調査、更生計画案の作成、決議等会社更生法所定の手続を履践しなければならず、たとえ債権調査において破産手続で確定された債権者、債権額等の資料を利用することが可能であるとしても、破産債権と更生債権はその概念、範囲が異なるから、なお更生手続遂行のために要する時間、労力は債権者の数、債権額等からみてかなりのものとなることが予想され、破産手続ほど短期間に配当に至ることはきわめて困難と認められる。
ところで、仮に更生手続を開始した場合、右破産手続の進行状況に鑑みると、短期間に弁済源資を調達し得るだけのいわゆるスポンサーの出現が不可欠と考えられるところ、前記認定のように本件については三名の管財人候補者が現われ、それぞれ更生計画案の骨子を提示しているので、専ら弁済率、弁済期間の点において、これら計画案と破産手続におけるそれとを比較してみるに、まず(ⅰ)の北田案は、弁済率を八〇パーセントと考えている点、弁済源資の中に残留希望会員からの追加預託金を含んでいるので右金員が拠出されるまで弁済が完了しない点で問題があるし、また(ⅱ)の木下案は、弁済率を一〇〇パーセントと考えてはいるものの、弁済完了まで更生計画認可決定後三年を要する点で問題があるし、(ⅲ)の加賀美案は、破産債権の九〇パーセント相当分の一括弁済を自己調達資金で行う点で三案のうち一番債権者に有利な案であることが窺えるが、右案によっても資金調達できる金員の上限は金八五億円であることに照らすと、なお破産手続によることが債権者にとって有利であると認められ、他にこれを覆すに足りる疎明資料はない。
第二、調査委員の実施したアンケート調査の結果についてであるが、右の結果については多様な解釈が可能であるとしても、なお回答者のうちの過半数の預託金債権者が破産手続による配当を希望しているという事実を無視することはできないと考える。
第三に、預託金債権者の間に根深い利害の対立があることを指摘しなければならない。なぜなら、更生手続を遂行するためには利害関係人の協力が必要不可欠であると考えられるところ、預託金債権者間に根深い利害の対立があるということは、今後更生手続を遂行する上で障害となると予想されるからである。
第四に、従業員の関係について検討するに、本件破産手続によっても従業員の継続雇用を売却の条件とすることにより従業員の雇用を確保することができるから、この点においては、破産手続と更生手続との間には特に差はないと認められる。
第五に、会員のプレー権の点について検討するに、破産手続によるときは、旧会員のプレー権は一旦は失われることになる。しかしながら、更生手続が開始されたとしても、旧会員を引続き会員として残留させるかどうか、残留させるとして追加徴収金の金額をどの程度のものとするかなどの点については、すべて更生管財人の経営判断の問題に帰属するから、更生手続による方がプレー権の確保という点で格段に有利であるとは一概に断定できない。却って、残留を希望する債権者数と更生管財人が想定する適正会員数との間に差があるときには、どのような基準で会員の選別を行うかという困難な問題に逢着することが予想され、前叙のとおり会員の間に根深い利害の対立があることを併せ考慮すると、これらの事由が更生手続の障害となることが懸念される。そして、仮に更生手続を選択することによりプレー権の確保が図られたとしても、プレー権の確保を希望する債権者の数は、調査委員の実施したアンケート調査の結果から見ても少数にすぎないものと認められるから、かかる特定の債権者の利益のみに資することをもって更生手続の方が破産手続によるよりも債権者の一般の利益に適合するということはできない。
(四) 以上の諸事実を総合すれば、本件の場合には、破産手続によることが債権者の一般の利益に適合すると認められる。
3 よって、本件申立は理由がないからこれを棄却し、申立費用の負担につき会社更生法八条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 高柳輝雄 竹中邦夫)
<以下省略>